2012-07-18(Wed)

去年の10月Dota2のお話

Dota2スレで何故か晒されてるし、よくわかってない奴らに煽りレスされてたりしてるが
あの頃のDota2ってどんな場所だったのかを適当に書いておこう。

1.Dota2入手方法とか
当時は主に中国のプロゲーマーなどにKeyの配布権利があり。
オンラインのプレイヤーが平均300人前後くらいしかいなかった。
Valveの社員にもわずかなDota2のKeyが貰えたので
Valveの中の人とフレンドなっていたのと、日本でのDota2の宣伝用にLivetube.ccの配信者やリスナーに配布されました。

2.当然最初はBOT戦だった。
2+BOTvs2+BOTとかで2戦ほどやってからBOTですら負ける程、ヒーローのスキルなどを理解してない状態だったけど
空気の流れでランクマッチやろうってノリになってランクマッチに流れた。
やはり人数が人数であってランクマッチに時間かかるし、プレイヤーも実質強いプレイヤーしかいない。
大体20分待ちとランクマッチの検索範囲が最大まで伸びきってしまうほど過疎状態なのだ。

3.当然フルボッコ
http://stats.dota2.be/match/51295
valveの人が「ほとんどプロゲーマーしかいないよ」という事で負ける。
パーティを組まない方が善戦になりやすいぐらい初心者だった訳で
数週間は観戦を見たり、ひたすらBOT戦を10戦ぐらいやり込んでましたとさ。

全く遊ばなかったジャンルのゲームの初試合結果が悲惨だった言い訳終わり、また晒されたら気分によって言い訳書くよー。



あとついでにランクマッチしてゲームプレイヤーのロード待ちで
接続失敗して人数が欠けていても普通にヒーローの選択画面に入りゲーム開始されたり
プラクティスなどでゲームを開始してヒーローの選択画面まで入らないと
ヒーローのスキルを確認することができなかったりしてすっげぇ不便だったし
色々面倒臭い仕様だったんだぜ、あの頃のDota2

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